僕の隠し事
「ねえ、ヒロシ。私に隠し事してない?」
「隠し事?」
ファミレスのテーブル席で真向かいに座ったユイから唐突に言われた僕は、何のことやら分からず、戸惑いの表情を浮かべた。
ユイと付き合い始めて半年。自分で言うのも変だけど、僕らはずっと上手くやってきた。これまでにだってケンカのひとつもしたことがないくらいだ。
それなのに今日のユイは明らかに不機嫌な様子だった。僕には彼女を怒らせるような心当たりなど何もない。そもそも隠し事とはどういうことだろう。
僕が自問自答していると、ユイはこのままでは埒が明かないと思ったのか、やがて意を決したように口火を切った。
「ナオコが教えてくれたんだけど――あっ、ヒロシも会ったことあるでしょ、同じ大学のナオコ――その彼女がね、一昨日の夜、このお店にいるヒロシを見かけたんだって」
「えっ!?」
「そのとき、ヒロシ、キレイな女の人と一緒だったって聞いたんだけど」
「………」
「その女の人って、誰?」
「誰って……それは……」
僕は急に声が出なくなった。喉に何かがつかえたような感じ。店内は空調が程よく効いていて快適なはずなのに、額にじわっと嫌な汗が滲む。
(み、見られた……!)
そのとき、僕はどう言い逃れようかと、頭の中をフル回転させた。よりにもよって、ユイにバレてしまうとは。ここは何とかうまいウソを考えないと――
そんな僕の顔をユイはジッと見つめてきた。僕が動揺しているかどうか、見極めようとしているのだろう。残念ながら、根が正直者の僕はポーカーフェイスに自信がない。
「やっぱり……ナオコの話は本当だったのね……」
ユイは落胆したようだった。きっと僕が浮気をしたと確信したのだろう。
(ええい、何とか誤魔化さなければ――!)
僕は焦りまくった。その結果――
「あ、あれは……姉ちゃんだよ!」
口をついて出たのは、あまり深くも考えていない言い訳だった。しかし、今さら前言撤回は出来ない。押し通すのみだ。
「お姉さん!?」
「そ、そそそ。久しぶりに奢ってやるから、一緒に食事をしないかって誘われてさあ……」
ユイはまじまじと僕を見つめた。
実際は兄貴とのふたり兄弟で、姉なんかいない僕は、懸命に目を逸らさぬようにする。一瞬でも逸らしたら、僕の拙いウソが見破られてしまうのではないかと恐れて。
ユイは疑いを拭いきれない様子で黙り込んでいた。
(やっぱり、こんな見え透いたウソでは逆効果だったか!?)
どうしたら彼女を信じさせられるのか、僕は必死に考えた。
思案した末、僕はポケットからスマホを取り出すと、一枚の画像を呼び出した。一昨日、ここで撮影した写真だ。
「ほら、これが姉ちゃんだよ。僕に似ているだろう?」
イチかバチか、僕は一世一代の賭けに出た。
ユイは僕の手からスマホを受け取ると、写真と目の前にいる僕の顔を交互に見比べ始める。たっぷり一分は眺めていただろうか。
その間、僕は生きた心地がしなかった。
(どうかユイが、僕と写真の画像を似ていると判断してくれますように――)
やがてユイは、ふふっ、と笑った。
「ホントだ! ヒロシそっくり! へえ、ヒロシにこんなお姉さんがいるなんて知らなかったわ!」
どうやらユイが信じてくれたようだと分かり、僕はホッと胸を撫で下ろした。
「ごめん、話したことなかったよね、はははっ……!」
「しかも凄い美人だし――ねえねえ、ヒロシもこんな感じで女装とかしてみたら、結構、イケんじゃない!?」
悪戯っぽい眼差しを向けてくるユイに対し、僕はスマホを返してもらいながら引きつった笑みを向けた。
「あはははっ、冗談はやめてよ! 僕が女装したって似合いやしないって!」
「えーっ、似合うよ、絶対!」
「無理無理ッ! 勘弁してよ!」
動揺を隠すようにしながら、僕は笑い飛ばした。でも、ユイの見立ては間違っていないかもしれない。
何たって、あの写真で隣に写っていたのは姉などではなく、念願のニューハーフになった僕の兄貴なのだから。




